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加地亮の意識改革 [サッカー コラム]

コンフェデレーションズカップで最も驚きを与えた選手は誰でしょうか?

FIFA公式サイトで1次リーグ敗退チームで最も惜しまれる選手で1位となった中村俊輔でしょうか?同ランキングで3位の大黒将志でしょうか?チームの中心となった中田英寿でしょうか?

人それぞれ違うかと思いますが最も僕に驚きと衝撃を与えたのがこの選手

加地亮です。


加地亮が日本代表として初出場したのが2003年10月の国際親善試合チュニジア戦。それから日本代表の右サイドはいつの間にか加地のものになっていた。

当時の僕は加地を全く知りませんでした。加地って誰?どのチームの人?

今思うととても失礼ですね(FC東京サポの皆さんゴメンナサイ)。

ということで過去の実績を少し調べてみました。

すると、加地はあの小野、稲本、高原らを擁し1999年のワールドユース選手権準優勝に輝いたあのチームのメンバーの一員だったのですね。

ではどうして加地は目立たなかったのでしょうか?

この時のワールドユースのメンバーには現在の日本サッカーの中核を担う選手が多数います。加地は小野をはじめとしたそういう選手の中に埋もれていったのでしょう(この世代は本当に優秀な選手が多い)。Jリーグでもなかなか結果が出ずにセレッソ大阪、大分トリニータ、そして現在のFC東京と渡り歩いていたようです。

そんな加地はFC東京の原監督が掲げる攻撃サッカーで才能が開花し、ジーコ監督の目にとまったのでしょう。

 

今となっては不動の右サイドバック加地、これまで日本代表ではどういった活躍をしてきたのでしょう?

…う~ん記憶があまり無い…

そう。最初に「いつの間にか」と書いたように僕の中では加地に対する印象があまり無い。これまでの日本代表では左サイドの三都主が良くも悪くも目立っていた。加地は何度か攻撃に参加しクロスを上げていたでしょうが三都主ほどの印象が無かったのでしょう。

かといって加地の出来が悪かったわけではない。悪ければそれはそれで印象に残る。そうきっと加地は攻撃でも守備でも無難にそつなく試合をこなしてきたのでしょう(どちらかといえば守備的だったのでしょう)。

日本の右サイドにはブラジルのカフーのような傑出した選手はいない。加地はそんな日本代表の中でいつの間にかあのポジションを獲得したのである。


以下は、文藝春秋『Sports Graphic Number 631』より

コンフェデレーションズカップ・メキシコ戦に備えた紅白戦のとき、中田は加地を呼びつけて、説教するかのように一方的に話し続けていた。

報道陣はそのことを加地から聞きだそうとしたが、いつも嫌な顔ひとつせずに率直に質問に答える加地が頑なに内容を明かさなかった。

 

初戦、日本はメキシコの老獪さの前に1対2で敗れた。ただ右サイドの攻撃が今までにないほどに機能した。

1点目の柳沢のゴールは、加地の正確なクロスによるものだった。その他にも加地は24分、42分にシュートを放っている。メキシコのラポルペ監督が「右サイドバックの攻撃が脅威だった」と語ったように、この日の加地はいつになく大胆だった。

試合後に加地はこう語った

「相手の左サイドの選手は、そんなに守備がうまくないっていうのが頭にあったので、とりあえず仕掛けてみようと思ったんです。監督の指示ではなく、自分でそれは考えましたよ。ビデオを見たら、相手が結構前に出てきてたので、うしろを突ければいいと」

 

第2戦のギリシャ戦でも、加地の攻撃は冴え渡った。14分には相手をフェイントでかわしてクロスを上げたし、19分にはサイドネットに当る惜しいシュートを放った。加地が絡んだプレーは、ことごとくチャンスにつながったのだ。もう彼の活躍は偶然ではない。

試合後に加地はこう語った

「クロスの上げ方は、変えてないですよ。今までとの違いはテクニックではなく、気持ちの差だと思う。クロスでもシュートでも、最後のフィニッシュの正確さが増してきた。最近は右サイドバックでも、シュートを打っていかないとね。そういう時代になってきているから(笑)。自分を変えていかないと」

中田が右ボランチに入って以来、練習でも、試合でも、加地は怒鳴られ続けてきた。ピッチを俯瞰したような中田の視点にそぐわない動きをすれば、すぐに呼びつけられて新入社員のように説教される。だが、中田の言葉をききながら、加地は加地で、自分の仕事を整理したに違いない。だからこそヒデに言われたことをそのまま報道陣に伝えても意味はない、と考えたのではなかろうか。

 

今大会の加地は、クロスやシュートに迷いがない。迷わなければ、プレーのタイミングがほんのわずかだけ速くなり、いい結果につながる。今度はそれが確信になり、失敗への恐れは消えていく。

中田が右ボランチに定着したことは、加地の攻撃力ということに関してはマイナスに働く可能性があった。ジーコはメキシコ戦前の紅白戦で、レギュラー組を全員センターサークル付近に集めて、こう指示した。

「守備から攻撃に移ったときのバランスに気をつけろ。ボランチが上がったスペースをカバーしないと、カウンターを食らうぞ」

加地の守備の負担は、今までより間違いなく増していた。だが、この縛りが逆に、少ないプレー機会のときに、何かをやってやろうという気を起こさせた。1回の攻撃にかける思いも集中力も、格段に強くなったはずだ。

今までの加地は、ジーコの言う『自由』の怖さ=責任の重さ、に捕らわれて、チームの中でバランスを保つことばかりを考えていた。だが、中田の的確な指示で、具体的な『自由を発揮するポイント』が見え始め、今ではその怖さを抱えながらも、加地は目の前に広がる広大な右サイドを駆け始めている。

怖さを抱えて、いつまでも立ち止まっていては、ジーコの意図は足かせにしかならない。次に『自由の壁』を破るのは誰だ?


帰国後の加地のコメントも変わってきた。

「より攻撃的にいきたい」

「いろいろ経験しているものを(チームでも)出していきたい」

「落ち着いてプレーできるようになってきたし経験が自信になっている。シュートも打てる場面では打ちたい」

「自分が引っ張っていかないといけない年齢(25歳)にきている。いい経験をしてきているので、もっと出していかないと」

そんな加地を見る周囲の人間も

MF石川

「高いレベルでやって加地君自身の判断基準が上がっているだけ。点に絡む幅が広くなった」

山岸トレーナー

「プロ中のプロになってきた」

エドゥー代表テクニカルアドバイザー

「加地は素晴らしい」


加地の中で何かが弾けたようだ。きっかけは中田だったのかもしれない。

つい1ヶ月前のキリンカップのとき加地はこう語っていた

(ペルー戦の三浦アツのプレーについては?)ああいうプレー(中に入り込んでいくプレー)は自分にはできない。アツさんのいいところをまねしようと思っても、かえって自分のスタイルが崩れてしまう。自分の良さを生かしたプレーを心掛けたい。

この時の加地と今の加地は別人のように思える。バランサーに徹していた、変化を恐れていた加地はもういない。

このコンフェデレーションズカップで得た経験と自信で、加地は右サイドを制圧する。

 


2005-07-05 22:37  nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(1) 
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コメント 2

リュージ さん、こんばんは
エラー続きのためご無沙汰しておりました。本当に困ったものです。
読み応えのある、「加地亮」論でした。僕も加地を全く知りません でした。それが、今や不動の右サイドです!コンフェデでの活 躍は、本当に予想外でした。小野達の世代は本当に良い選手が、揃 っていますね。加地が良くなってくると、今度は左サイドが心配です。(苦笑)日本代表もだんだん良い形でまとまって来ましたね。けが人の復帰 や、若手の台頭等によるさらなるポジション争いで、さらにワンラ ンク上のレベルを目指して欲しいものです。
by (2005-07-09 21:21) 

リュージ

lapisさん、こんばんは。
長いメンテナンスでしたね・・・
今の日本代表の中心はあのあたりの世代ですから本当に日本の黄金世代ですね。そういえば左サイドは・・・まぁこれからも見守っていきましょうか(笑)
若手の台頭はそうですよね。一つ下の世代(松井や大久保の世代)の選手が今の代表を脅かすような活躍を見せて欲しいですよね。
by リュージ (2005-07-10 01:49) 

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